傷つくための整理整頓
今日、別居中の妻が【脱出】の際に持ち出しそびれていった荷物を整理した。
8割が本だった。雑誌が6割、書籍が2割。その他、雑多なものが2割。
わずか2年と半年の間に、ものすごくたくさんの思い出があった。
楽しい思い出はすぐ忘れてしまうたちなのに、意外と覚えていた。
辛い思い出はたくさん覚えていた。失敗ばかりだった。
楽しい思い出をすぐ忘れてしまう質、を、ずっと嫌っていた。
いつでも心に「楽しい思い出」があれば、いつも頑張れる気がしていた。
そして、今日、気がついた。
楽しい思い出を持ち続けていると、概ね楽しくない日常の辛さが加圧される気がして。
「不自由を 常と思えば 不足なし」とは誰の言葉だったか。
”とても楽しい思い出”が、”りんご”だとする。
”つらい思い出”が、”砂利”だとする。
りんごは、とても美味しいが、滅多に食べられない。
なるべく食べたいから頑張る。頑張るがしかし食べられない。
頑張れば頑張るほど、りんごの代わりに砂利が口をふさぐ。
砂利が入ったままでは、いざ、りんごが現れた時に食べられない。
実際に砂利が邪魔でのがしたりんごも、何個もあった。
それはまずいので慌てて口から砂利を取り出そうと四苦八苦する。
上手く砂利が取れればよし、またりんごを目指して頑張れる。
しかし砂利を取るのに手間取ると、砂利はどんどん増えていく。
そのうち、砂利があることが当たり前になる。
りんごを覚えているから、砂利がつらいんだ、りんごなんて無かった、と思う。
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妻は本に愛着があった。
妻は自身の持ち物に強い愛着があった。
しかし、脱出しそびれた本たちは、愛着があるフリをされていたものだろうか。
それとも、それほどまでにあの脱出は、
取りこぼしを諦めるほどに、本人にとって壮絶なものだったという事だろうか。
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脱出。
僕の言い訳なのは承知しているが、こうとしか言えないんです。
妻を愛していました。
アレが僕の愛し方だったんです。
本当にいつもいつもどうしたら妻が楽しく過ごせるか、
そればかり考えていました。
それがどれほど難しかったか。
異常なのは感づいていました。治そうとすればするほど悪化しました。
置いていった妻の荷物に「遺書」がありました。
死んだ場合、実母に自身の財産を相続させるという内容でした。
結婚した直後に書かれたものでした。
妻は、最悪、僕に殺される可能性を考えていたのでしょう。
何度か、実際に「殺して」と言っていた事も。
妻は、僕ができる範囲で届けるりんごに喜ばなかった。
口に砂利がたまらぬようにする事では、喜んでくれなかった。
砂利がたまるのを恐れず差し出すりんごでも、不十分だった。
砂利がたまった。
強すぎず、弱すぎず、ちょうど良い加減で、りんごを、そっと渡せるように、
慎重に慎重に、疲れすぎないように、頑張りすぎないように、
頑張らなすぎないように、りんごをどうにか。
気が付きませんでした。
妻の口は、既に砂利で埋まっていたのだろう。
それに気づかず、僕の口にも砂利がたまって。
気がつくと、父母の子守唄が口から出てた。